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百年、再生の我無し

40歳からの人生やり直し。

「ラストサムライ」について思うこと

雑感
今年中にやるべき仕事のほとんどは先週のうちに済んでしまったので、今の気分はすっかり年末整理モードである。
そんなわけで、普段の5分の1くらいのペースでちんたら仕事してたら、唐突に数年前「ラストサムライ」を映画館で見たときの感想を思い出したので、忘れないうちに書いておく。
何を今更、という感じは否めないけれども。


ラストサムライ
映画としては決して悪い映画ではない。再見に耐えうると思う。
この映画をいい映画にしている一番の要因は「作り手の日本に対する敬意と誠実さ」だと思う。それはもう、十分に伝わってくる。

でも、なぜか違和感をぬぐえない。
もちろん、「どうして横浜に天守閣があるんだ」とか「天皇に拝謁するのに何で神社の石段みたいなのを上っていくのか」とか「あの武装は明治初期というよりはどうみても戦国時代末期だろ」とか「吉野の里にソテツの樹が生えているのは何故」とか「欧米人の男性に背丈で匹敵する女性が、あの当時の日本にいるわけが無い」とか、そういう些細なことを言いたいのではない。
もっと本質的な部分に由来する違和感である。
見当違いなところを人に褒められて「うーん、褒めてくれるのはとても嬉しいんだけど…」と苦笑してしまう感覚、とでも言うのだろうか。

先に「作り手の日本に対する敬意」と書いた。それは間違いない。
でも、この「日本に対する敬意」とは、今の近代化された日本に対してではなく、昔の古き良き日本とか武士道(それも新渡戸稲造「武士道」にあるような明治以降に再定義された武士道)とかに対するものだ。
むしろ、あの映画の作り手は「近代化された日本」に対しては、どちらかというと不信の念を抱いていると思う。
映画の中では、「近代化を進める勢力の代表」として大村という登場人物が置かれていたけど(原田眞人が演じていた、渡辺謙を褒める人は多いけど、この人ももっと評価されていいと思う)、この大村の描き方が徹頭徹尾「金と欲に目のくらんだ小悪党」という描き方をされていたことからもうかがえる。

「日本びいき」の外国人に「どうして皆さんキモノを着ないんですか」とか言われているような気分である。


侍は美しい、そして格好いい。それはそう思う。

でも、近代に生きる日本人としての我々は忘れてはいけないと思う、我々の先祖が侍であることを捨てたからこそ、今の我々があるのだということを。
恥も外聞も無く侍を捨て、「尊皇攘夷」のスローガンも脇に除けておいて、近代化路線を突っ走ったからこそ、何とか独立を保ちえたし、経済も発展して、問題が無いわけではないにしてもそこそこ快適で平和で安全な生活ができているのではないか。

もし我々の先祖が、頑なに侍であることにこだわり、「蛮夷に神州の地は踏ません」とか言ってたらどうなっていたか。
多分、どこかの時点で欧米列強の植民地になっていて、社会、経済の発展は今よりもずっとずっと遅れていただろう。
今あるような種種の問題(拝金主義とか道義の頽廃とか格差問題とか)はなかったかもしれないけど、おそらく全然別の、もっと深刻な問題に悩まされていただろう。
そうなれば前の大戦のような戦争をせずに済み、それで多くの人が死なずに済んだ、ということを勘定に入れたとしても、それよりもさらに大きな災厄に見舞われていた可能性は高いと思う。

むろん、近代人になることで失ったものもある。そのことに寂しさを覚えるのは十分根拠のあることだ。
それでも、おそらくあの時代の時点においては、「侍を捨て近代人になる」以外の選択肢はなかった。
それは少しも恥ずべきことではない。それによって失うものもあったけれど、もっと多くのものを守ることができたのだから。

侍にあこがれて、新渡戸稲造「武士道」や、司馬遼太郎藤沢周平を読むのもいい、「国家の品格」に影響されるのもご愛嬌である。もっと本格的になれば、古武道とかを習う人もいるかもしれない。
それもいい。
でも、侍と近代人の間には、どうしても越えることのできない壁がある。それは努力によって超えることはできない。時代によって作られた壁だからである。
寂しいかもしれないけど、本当は少しも寂しく思うことは無い。
むしろ、「侍であることをいとも簡単に捨てられた」明治の日本人の凄みのほうを、私は誇りに思う。


法隆寺平等院も焼けてしまっていっこうに困らぬ。必要ならば、法隆寺をとり壊して停車場をつくるがいい。我が民族の光輝ある文化や伝統は、そのことによって決して亡びはしないのである。」

坂口安吾 「日本文化私観」より)

 
 
(2006年12月28日のmixi日記より転載)