百年、再生の我無し

40歳からの人生やり直し。

親子は他人の始まり(書評:田房永子「母がしんどい」)

久しぶりのブログ更新である。

今日は、田房永子の「母がしんどい」を取り上げてみたい。

 

母がしんどい

母がしんどい

 

ジャンルとしては、最近になって多くなった「毒親もの」ということになるのだろう。親(特に母親)からの肉体的・精神的虐待を幼児期から受け続け、成人してからも親からの呪縛に苦しむ子の視点から書かれている、という意味で。問題意識としては、このブログでも前に取り上げた「母が重くてたまらない」に通じるものがある。

 

ただ、「母が重くてたまらない」と異なるのは、「母が重くて~」のほうは、主観的にはむろんのこと客観的にも(少なくとも一見は)「娘思いのいい母親」である、ということだろう。あまりにも娘思いすぎるがゆえの娘のほうのしんどさ、さらにはその「娘思い」というのが実は母親の利己主義にすぎないというところを描いて余すところがない。厄介なのは、母親の利己主義が巧みに隠蔽されて、第三者にはわかりにくい(娘にはわかるが)というところである。

 

一方で「母がしんどい」のほうは、わかりやすい。マンガだからわかりやすいという意味ではなく、示されている構図がわかりやすいのである。

もちろん、わかりやすければいいというものではないし、わかりやすいから楽かというと全然そんなことはない(それは読めばわかる)のだが、とにかくわかりやすい。母親の利己主義が、もちろん母親自身は誠心誠意娘のためを思っているつもりなのだが、すべて透けて見えてしまっている。だから娘である著者は小学生のころからすでに「うちのお母さんなんかおかしい」と気づいてしまっている。

「娘のお年玉を勝手に使ってピアノを買い、突然娘にピアノを習わせる」「学校主催の旅行に行くのを、身勝手な家族ルールを理由にやめさせる」「バイトを邪魔して辞めさせる」「受験当日の朝ケンカして、家を出る娘を角材を振り回して追い回す」短大を出た後、一人暮らしをしようとするも「短大まで出させてもらって何をバカなこと言ってるんだ」と罵倒され、それでもめげずに、当時付き合っていた彼氏と同居することにかこつけてなんとか家を出ることに成功しても、電話でのケンカを引きずって職場にまで何度も電話をかけられ…100人中100人は「このお母さんおかしい」と思うようなエピソードばかりである。

しかも、これですら氷山の一角でしかない。この手のエピソードがこれでもかこれでもかと続くので、正直、読んでいる途中でうんざりしたことを告白せねばならない。

 

だから第三者が見る分に迷うところはない。「そんなお母さん相手にしなくていい」という結論にしかならない。第三者どころか、母親の母親(つまり祖母)や母親の妹(つまり叔母)にも「あんたも大変よねえ、あんなお母さんで」と心配されてしまっている。娘自身も「絶縁したい」とは思うものの、そこはそれ、どんな欠陥人間であっても母親には違いないから、そう簡単に割り切れるものでもない。そこが娘である著者の苦しみの根源になっている。

 

はっきり言えば、著者や著者のような人に対する「処方箋」は、この本の最後の方で3ページほどで示される精神科医の診断で言い尽くされている。(ネタバレになってしまうのでここでは書けない。読んで確かめていただきたい。)著者はこれを聞いて「とっても晴れやかな気分」になったと書いている。おそらく、同様の立場の人がこれを読めば皆そう思うのではないか。

 

そうはいっても、一挙解決とはいかない。母からの呪縛が何十年もかけて体にしみ込んでいるからだ。そのため、著者もだいぶ苦しむ。苦しんだ末、あることを悟る。もしかすると、母は実はとても寂しい人だったのかもしれないということを。家族にも周囲の人にも相手にされず、そのため娘を自我の補強材料として使っていたのではないか、と。

つまり、母親と自分をともに相対化できる立場に立った、ということである。

 

ただ「相対化できる立場に立った」といっても、そこで、よくある「母親もまた一人の悩める人間なのだということを悟り、温かく見守ろうと思った」みたいな結論にはならない。まったく逆で「でもだからって 同情して100%お母さんの味方になったり 一緒にいたりしなくてもいいんだ 私は私の思うように生きていいんだ(124ページ)」ということを著者は最後に悟るのである。

これは、その人間の人生に責任のない、つまり完全な他人の結論である。

親、特に娘のいる母親がこれを読めば、これはとても悲しい結論と映るかもしれない。

でも、娘の立場に立てば、これ以外の結論はあり様がない、ということがわかる。今、母親とされている人だって、かつては(あるいは今も)誰かの娘だったはずなのだから。

 

 

 

 

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