百年、再生の我無し

40歳からの人生やり直し。

労働組合の限界(2)

いよいよ、労働組合の結成を使用者側に通告し、団体交渉を申し込むこととなった。
申し込み日の2週間後くらいの日を回答の締め切り日に設定して、この日までに都合のいい日を知らせてくれ、と。

ところが、締切日を過ぎても何の音沙汰もない。
組合の委員長がしびれを切らして、こちらから社長に確認すると、今は多忙中で回答できない、君たちも社会人なんだから自分たちの要求がなんでも通ると思ってはいけない、こちらの都合も考えてくれないと、みたいなことを言われたという。
2週間も余裕があるのに、多忙中だからも何もないと思うが、こちらとしても、初っ端からあまりへそを曲げられてもと思い、そこは敢えて下手に出た。
わかりました、それなら、できる限り早いうちにご返事をください、団体交渉の日をいつにするかは社長のご都合に合わせるようにしますので、と。

そうしたら、それからしばらくして回答がきた。団体交渉には応じられない、そちらは準備を整えているかもしれないが、こちらは法律には無知だし何の準備もしていない、だから労働法について勉強をする時間をくれ、そのあとなら交渉には応じるかもしれない、と。

応じるかもしれない、ではない。使用者には団体交渉に誠実に応じる義務があるのであって、正当な事由なしに団体交渉を拒否できないのだから。
だから、組合委員長はこういった。団体交渉を不当に引き延ばしたり、正当な事由なしに団交拒否するのは、それは不当労働行為といって違法ですよ、と。

社長は激怒した。そうやって人を不当と言ってなじるなら、交渉には応じない。労働組合の存在など認めない、私は知らない。

駄々っ子を相手にしているのと同じだった。理屈も何も関係なくただ喚き散らし、人が理屈の矛盾を指摘しても一切認めない。
これが本物の駄々っ子なら「そんなに言うなら、もう置いていくからね」と言える。でも、我々はそんなことは言えない、何せ相手は社長なのだし、他に交渉相手はいない。
おもちゃ売り場の前で泣き叫ぶ子どもを、なんとかなだめて家に帰らなければならない。

だから我々は下手に出た。
もちろん、考えなしのことではなかった。最初からストも訴訟も辞さない、というような強硬姿勢に出れば、社長はますます頑なになって、労組など絶対に交渉相手として認めない、という態度に出るだろう。また、第三者から見ても、社長の団交拒否にもそれなりに理があるように見えてしまう。
一方で、こちらが一貫して紳士的な対応を取り続ければ、社長の団交拒否に理がないことが第三者から見てもはっきりする。

わかりました、いいでしょう。ただ、それでしたら、その勉強にどのくらいの期間が必要なのか教えてください。
そのように文書で返答した。
社長からの返事は無かった。

 

(続く)

労働組合の限界(1)

先月末、7年間勤めた会社を辞めた。

社員60人くらいの、県内のIT企業に自社のエンジニアを派遣する、ソフトウェア会社とは名ばかりの人材派遣業だった。

在職中は、その会社の労働組合の執行委員をやっていた。
そもそも、前の会社には長らく組合は無かった。ワンマン社長のやりたい放題だった。社内規定、就業規則など有名無実、社長の判断で恣意的な運用が横行していた。

 

あるときなど、「給与規定の見直し」という名目で、今月の給料が前月比で25%くらい、いきなり下げられた、ということもあった。事前の説明すらなかった。給与明細に説明の紙を添付しただけだった。
前月比25%減と言っても、もとが高ければまだいいだろうが、そういう訳ではない。30歳を超えているのに月給手取りで14万円とか、そういう社員がざらにいた。結婚はおろか、一人暮らしすらこれでは覚束ない。

 

社長は口を開けば、「経営が苦しい、売り上げが伸びない、だから給料は上げられない、これからもっと給料を下げるかもしれない」とばかり言っていた。「リーマンショック以来仕事がない」と、リーマンショックを過ぎて3年経った後もまだそう言っていた。
そんなに苦しいんですか、わが社の売り上げや粗利益は一体どのくらいなんですか、と訊いても、社長は頑なに業績の開示を拒み続けるのだった。仕方がないから、有志がわざわざリサーチ会社から情報を買ってみた。(なぜ自社の業績に関する情報を、わざわざ金を出して他人から買わねばならないのだろうか。)

そうすると、確かに年々売り上げと利益は落ちてはいるものの、それでも世間の水準からすれば立派と言っていいくらいの利益が出ている。なにせ、税引き後利益の売り上げに占める割合が15%~20%くらいなのだ。そんな状態で「売り上げが上がらないから昇給できない」というのは何をか言わんや、である。
それでもって、社員100人にも満たない中小企業のくせに、10億円にものぼろうかという内部留保(ほとんど現預金)を積み上げているのだった。
それでエンジニア派遣以外の新事業に投資するとかいう訳でもなく、社員にいくらか還元しようなどという動きはさらになかった。
漏れ聞こえてくるのは、社用車に高級車を含む3台もの車を買ったとか、社宅という名目で一等地に(おそらくは社長の一家用の)家を買ったとか、そんな話ばかり。

 

これではどうにもならない、ということで、有志で労働組合を立ち上げた。さすがの社長も、これで少しは態度を変えるだろう、今までのようなやりたい放題勝手放題に少しはブレーキをかけ、会社をいい方向に持っていけるかもしれない。

そう思っていた。

 

(続く)

今日から本気出す。

今更ではあるが、ブログというものを始めてみることにした。

タイトルは、江戸時代後期の儒者佐藤一斎「言志四録」からとっている。

全部引用するとこうなる。

 

百年、再生の我無し。其れ曠度すべけんや。

 

曠度、という言葉は聞きなれない言葉だが、「空しくその日暮らしする」という意味らしい。全体を通すと、「百年経ったら自分がもう一度生まれてくるというわけじゃないんだから、空しく時を過ごしてはいけない」という意味になる。

 

要は「一日一日を大事に生きなさい」ということで、それだけ聞いてしまうと、まあ間違っているわけではもちろんないけれど、なんかよくあるお説教みたいになってしまう。たぶん、聞いてもすぐ忘れてしまうだろう。

そうなんだが「百年経ったら、お前もう一度生まれてくるのか」という風に言われると、「そんなわけは無いよな」と妙に納得してしまう。名言というのはそんなもんで、結論だけ要約してしまえばなんだか鼻くそみたいなお説教になってしまうけど、「言い方」によって説得力を持ちうる、というものでないだろうか。

 

自分ももはや40代という歳になってしまった。若いころとはっきり違うのは、「ああ、もう自分の人生の残り時間は無限ではないのだ」ということを、理屈ではなく(理屈だけなら誰でも知っている)自分の身体感覚で感じる、感じざるを得ない、というところだろう。

ともあれ、今までいろいろと人生無駄にしてきたかもしれないが、これからは無駄にしない、そう心を決めたい。