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百年、再生の我無し

40歳からの人生やり直し。

今、そこにある地獄 (書評:信田さよ子「母が重くてたまらない」)

一年くらい前に読んだ本なのだが、思うところあって再読してみた。
再読してみて、改めて、「戦慄を覚える」という表現はこういうときに使うのだな、ということを再認識した。そういう本である。

母が重くてたまらない―墓守娘の嘆き

母が重くてたまらない―墓守娘の嘆き

 

冒頭で、ヒカルさんというビジネスエリートの女性の話が出てくる。
ヒカルさんの母は、ヒカルさんがまだ中学に入る前から、ヒカルさんが受験競争を勝ち抜けるように献身的なサポートをしてきた。合格祈願のためにお茶断ちをし、毎日特訓口座のために車で送り迎えをし、夜食を作るのだった。
サポートの甲斐あってか、ヒカルさんは中高一貫の名門校に入学し、そこでもトップクラスの成績を維持しつづけた。母の献身的なサポートは変わらなかった。毎日栄養価の高い弁当を作って持たせ、交友関係にも口を出さず、勉強に関する出費は一切惜しむことはなかった。同世代のほかの母親達がエステ通いなどに関心を寄せる中でも、禁欲的な生活に徹していた。かくしてヒカルさんは「何だかところてんが押し出されるみたいに、T大の法学部に入ってしまった」。

大学の4年間が過ぎ、あるとき母が思いつめた顔で訊いた「就職どこにするつもり」と。
大学の先輩が起業したあるベンチャーに勤めながら自分の力を試し、4、5年くらいしたらアメリカの大学院に留学したい、と大略このようなことを言ったとき、母は唇を震わせ、涙を流しながらこうまくしたてるのだった「許さないわよ、どうしてそんなこと…。先の見えない人生なんて送らせるわけにいかないでしょ、いったい何のためにママが生きてきたと思ってるの。だめよ、絶対だめ。」
こうまで言われたら、ヒカルさんとしては計画を放棄するしかなかった。就職活動においても母のシナリオに沿い、一緒に会社訪問の計画を立てた。(会社訪問には、まるで尾行でもするかのように母が離れてついてくるのだった。)
ヒカルさんが今勤めている会社は、その中でも母の一番のお気に入りだった。誰もが知っている超一流企業、聳え立つ白亜の社屋。高層ビルにある社員食堂からは、天気のいいときには富士山が見えるという。

 

入社して三年目を迎えるが、休みの日には、母がかいがいしく下着を洗濯してくれる。部屋は毎日掃除機がかけられ、夜には昼間干した布団のぬくもりの中で眠る。駅から「今着いたわ」と携帯で電話すると、どんなに遅くても暖かい夕食が用意されている。「ビールどう?」と勧められるままにコップを干すと、母はうれしそうに「ママも一杯もらっちゃおう!」と華やいだ声を上げる。「まるでオヤジのような毎日でしょ」と、ヒカルさんは低い声でつぶやいた。(30P)


書き写していて「うわたまらん」「これは地獄だ」と私などは思う。「地獄」などと書くと違和感を感じる人もいるだろう。「どこが地獄なんだ、いいお母さんじゃない」と。
もしこれをお読みのあなたがそう思うなら、あなたこそこの本の読者に相応しい人だ。
いっけん天国のように見える地獄(ソルジェニーツィンふうにいうなら「地獄の第一圏」、松尾スズキふうにいうなら「ぬるい地獄」)は、確実に存在するのである。上記で引用した文章は、こう続くからだ。


「『ときどき、夜中に目が覚めるんです。そんなとき、ふっと母を殺したくなっちゃう自分がいて、それがこわくて……』。このことを他人に話したのは初めてだと言いながら、ヒカルさんは激しく泣いた。」


この本では主に、いわゆる団塊世代に属する母親を「重い母」としてターゲットにしている。(著者もちょうど団塊世代なので、実はこの本は「団塊世代による団塊世代批判」として読むこともできる。)
そのわけは、この世代が結婚した70年代半ばが、ちょうど見合い結婚から恋愛結婚が多数になった頃、「対等な夫婦が愛によって結ばれた近代家族」というキャッチフレーズで象徴される「ロマンティックラブイデオロギー(RLI)」が流布され始めた頃に相当するからだ。

しかし、その後核家族の中で繰り広げられたものは、孤立した育児と、対等どころか旧態然とした性別役割分業を基盤とした日常生活だった。RLIの夢と信仰は、このような時の流れとともに無残に敗れ、彼女たちの深い部分で何かが崩れ、挫折感がもたらされた。(66P)


そして、傷付いた幻想の最後の拠りどころとして、彼女たちの子ども、特に娘が見出された。このようにして「重い母」は形作られた。

この辺の消息を非常によく物語る例が挙げられている。著者の知人がある同人誌に書いた文章である。

 

(前略)就職の道は閉ざされ、結婚生活の幻想も早期に崩れ、「金曜日の妻たちへ」のような生活もできない。(中略)一つだけ確かな道があった。出産して母親になることだけは、選択の余地がなかったのだ。(中略)でも、母となったとたんに想像外の自由の剥奪が起きた。それだけではない、同時に過剰な責任を背負うことになり、そして、そこに協力者の夫はいなかった。(中略)
妊娠中から女の子が欲しいと思っていた。なぜなら、もう男性には希望は持てないと思ったからだ。学生時代、学生運動や政治闘争の先頭に立っていた男子学生たちのその後を聞くたびに、そう思った。(中略)
二人の娘は、三四歳とニ八歳になる。(中略)次女は大学の博士課程に学び、長女は広告代理店に勤務している。私は、次女が大学に合格した春から、学生時代に読み返したヘーゲルの「歴史哲学」をもう一度通読するために、カルチャーセンターに毎週通っている。地域の精神障害者自立支援施設のボランティアにも通っている。(中略)
正直に述べよう。あの二人の娘達が居てくれたことで、私はここまで生きてこれたと思っている。特に長女は、読む本も聞く音楽も私と共通している。そして、私の挫折を、誰よりも深く感じてくれているはずだ。長女にだけは「こんな人生を送りたいと思わなかった」と語ることができた。(中略)
私は、彼女たちの重荷にならないように、細心の注意を払ってきた。ヘーゲルの本を読むことも、娘に依存してないことを示すためだ。自立した母、対等にいつまでも娘たちと話しができる母でいること。残念ながら、その輪に夫という存在は加わっていない。理解しあうための虚しい努力は、もう遠い昔に断念した。そんな私の断念に夫が気づいていないとしたら、それこそ悲劇なのだが、それについて考えることも断念している。
還暦を来年に控えた私のささやかな希望は、能力と感性に溢れた美しい二人の娘たちが、いつまでも母である私と肩を並べて、軽やかに暮らしていってくれることだ。結婚をしたいと言い出すかもしれないが、言い出さなくてもかまわない。結婚だけが幸せではないことは、私の行き方が証明しているのだから。やりたい仕事をして、時には私といっしょに旅行にでかける。週末は音楽会や演劇を楽しみ、そのあとでいつものイタリアンレストランで、感想を語りながらおいしいディナーを味わう。そんな生活を送っていくことの、どこが問題なのだろう。これが、老後に向けて私の望むことである。(67P~71P)


…書き写しているとめまいがしてくる。
随分長い引用になってしまったが、これですらかなり端折ったのだ(原文はこれの倍くらいある)。なんとも「困ったなあ」としか言いようがない(仮に娘たちがこれを読んだとして、そのときの困惑の表情が目に浮かぶようだ)。が、この文章の筆者にはおそらく通じないだろう。
上の文の筆者は、わざわざこれを同人誌に載せ、しかもこの本の著者の転載依頼にもOKを出しているのだから、上の文章を「恥かしい」とか「照れくさい」などとは全く思っていないのだろう。「困った」などと口走った日には「何が困るのですか、どこが問題なのですか」とかいわれそうである。
「重荷にならない」「依存しない」「対等」などと、自分が娘を束縛しているわけではないことを随分と強調しているが、私の中での経験則では、「あることを過剰に強調する」のは「実はその逆が真実で、自分でもそのことにうすうす気づいている」場合に行われることが多い。おそらく、そういうことだろうと思う。

しつこいようだけど、もし上の文章を読んで「何が困るの」と本気で思われるようなら、どうかこの本を読んで欲しい。この本はあなたのような人のためにある。


この本の後半は、母と、そして父に対する「処方箋」になっている。母はともかく父に対する処方箋があるのは、上で書いたように、もともとの原因は壊れた夫婦関係にあり、その責任の過半は夫の側にあると著者が考えているからで、その認識自体はおそらく正しいのだろう。
ただ、難しいだろう、とも思う。何故かというと、夫の側に全然問題意識がないことが多いからだ。
(著者はカウンセラーなのだが、そもそもカウンセリングにやってくる父親自体が稀である、という。)
あと、妻の側に、腰の重い父親に問題意識を促すだけのモチベーションがもちにくい、ということもあると思う。なにせ、もう何十年も前に夫には幻滅して、見切りをつけていることが多いのだ。ひとは、一度何かに幻滅してしまえば、気を持ち直して「それでもなんとか諦めないでがんばろう」という気持ちになるのはとても難しい。ましてや、何十年という時間をかけて作られた「幻滅」なのである。
だから、この問題に対する根本的な解決策は、おそらく「ない」のだ。そういう中で、母と娘がなんとか折り合っていくにはどうすればいいのか。
著者はしばしば「母と娘は他人である」ということを強調している。他人だから、そもそも分かり合えるとは限らない。他人なのだから、そもそも、自分の思い通りには動いてくれない。ましてや、自分の人生の「落としどころ」に利用することなど許されるはずもない。それが「肉親」ことに「母と娘」だと思えばある種の「遠慮」がなくなる。そこに悲劇が生まれる。
だから、常に間に「他人である」というクッションを挟むこと。たぶんこれは母と娘の関係だけでなく、他のさまざまな人間関係に通じる真理だろう。ただ、これはおよそありとあらゆる「真理」とか「極意」の類と同様、言葉にすれば何でもないことだが、実践するのは困難を極めるのだけど。

 

他人行儀とはなんといいことばなのだろう。そもそも他人なのだから、これが正しい。こうして母はあなたたちを他者として認知する。同じ性の母と娘は、年齢も育つ時代も、そして名前も違っている。娘は母のために生きているのではなく、母は娘のために生きてきたわけでもない。(186P)


(2009年08月23日のmixi日記より転載)

戦略は何に宿るのか(書評:奥山真司「世界を変えたいなら一度“武器”を捨ててしまおう」)

本書の著者である奥山真司は、カナダと英国で学び、戦略論(Strategic Studies)の博士号を取得し、現在は在野の地政学者・戦略学者として活動している。
本書は、欧米の戦略論の知見を、戦略論の主対象となる国家や組織ではなく、個人に対して適用しようという試みである。

 

世界を変えたいなら一度

世界を変えたいなら一度"武器"を捨ててしまおう

 

人生設計について語られるとき、必ず言及されるのは「スキル」の重要性だ。簿記やパソコンの技能、あるいは英語などの語学、さらには税理士、司法書士などの資格といったものがそれにあたる。
しかし著者は、人生を生きていく上においては「スキル」よりももっと重要なものがあるという。それは何か。

ここで著者が提示するのが、エドワード・ルトワックやコリン・グレイといった欧米の戦略家の分類をもとにした「戦略の階層」と呼ばれる、次の7つの階層から成るモデルである。

・世界観
・政策
・大戦略
・軍事戦略
・作戦
・戦術
・技術

上から下に行けばいくほど抽象度が低く、具体的・個別的になる。逆にいえば、上に行けばいくほど抽象度が高くなる。そして重要なのは、このモデルは、上の抽象度が高い階層が、下のより抽象度が低い階層を規定する、という構造になっている、ということだ。

「スキル」は、このモデルに照らすと、一番下の「技術」に相当する。つまり、「スキル」にこだわっている限り、より上の階層の変化に振り回され、かえって主体的な人生が送れなくなってしまう、ということになりかねない。だから、よりよい人生を生きたいと思えば、いったんスキルという「武器」を捨てたほうがいい。(これが本書のタイトルにもなっている。)
より肝要なのは上の階層、つまるところは「政策」や「世界観」のレベルである。ここを固めることが、人生戦略においてもっとも重要である、という。


個人的な興味と仕事上の必要性で、企業の経営戦略について少し勉強したことがあった。この分野については、すでにいろいろな理論やツールが提示されている。「SWOT分析」とか「プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント」とか「ファイブフォース分析」とか言われているものがそれにあたる。

ところが、よく考えれば当たり前の話なのだが、これらはあくまでツールにすぎず、使う人によって結果が大きく変わり得る、ということに気がついた。SWOT分析を例にとるなら、何を「強み(Strength)」とし、何を「弱み(Weakness)」とするかは自明に決まるものではなく、結局は分析者の主観的な判断によるしかない。
もし、パソコンを最初に世に問うた人々が、大型コンピュータと比較した性能の低さを「弱み」、大型コンピュータを「脅威」とみなしていたら、そもそもパソコンが世に出回ることは無かっただろう。

だから、戦略は何に宿るのか、ということについて突き詰めると、それは個々の理論ではなく、その理論を駆使する人の「頭の中」に宿る、ということになる。論理的にはそういうことにならざるを得ない。
いいかえると、ある人が受けてきた教育とか、経てきた経験により形作られた人生観、世界観、歴史観が基にあって、それが外界の事象に反応したときにできた軌跡のことを「戦略」と呼ぶのではないか、と、ぼんやりとそんなことを考えていた。

そんな折、この本を読んでわが意を得た、というか、「俺が考えたことは、そんなに的外れでもなかったんだな」とおもって安堵したのである。


上の「戦略の階層」理論に基づけば、「なぜ明治時代の日本は成功して、昭和初期の日本は大失敗したのか」ということについても説明がつくように思う。
明治時代の日本の指導者は、すなわち侍の最後の生き残りである。彼らの多くは、幼少期から武士としての教育―――武道や和漢の教養―――を受けてきた。
この本の中でも、伊藤博文が和歌や漢詩に巧みであったことがふれられているが、ともあれ、これらの教育が彼らの世界観に大きな影響を与えただろうことは容易に推察できる。
ただ、これらの教養は、彼ら以降の世代からは急速に失われていった。昭和初期の軍部は、陸軍大学校を出たエリート軍人で占められていたが、陸軍大学校の教育は作戦指導(上の戦略の階層の「作戦」以下のレベル)の実務的教育に偏重し、政治・外交・経済を含めた広い視野からの政略・戦略についての教育は十分ではなかった。

松下村塾などで幅広い人文・社会科学の教育を受けた伊藤博文ら元老たちが、政戦略を一致させた戦争指導をおこない、完全に制度化された陸大の教育を受けた昭和の将帥がまともな戦争指導もできなかったことは、指導者教育にとって大切なものは何なのかを教えている。」(黒野耐参謀本部陸軍大学校」より)

結局、明治の指導者と異なり、彼ら軍人に世界観が欠如していた、あるいは浅薄な世界観しか持ちえなかったことが、満洲事変から大東亜戦争に至るまでの戦略の失敗につながったと言えよう。

さらに昨今の「キャリア教育」についても、この「戦略の階層」理論は応用できるのではないか。
近年の就職難に影響され、大学も「企業の求める人材」を育成しようといろいろなことをしているようだ。そして「企業の求める人材」というと「即戦力」とか「グローバル化」といったバズワードに象徴されるような「スキル偏重(「グローバル化」の場合は英語)」の傾向が強い。
ただこれは「就職難」という当面の問題への対応としてはやむを得ないのかもしれないが、長い目でみれば逆効果であろう。むしろ真の意味での「リベラルアーツ」を重視し、広く深い世界観、哲学を持った人材を育成したほうが、むしろ企業にとっては有益で、大学にとっても本来の機能を発揮できるはずだ。


「戦略」という言葉についてある程度考えたことがある人、そして既存の戦略論に対しかすかに違和感がある人、あるいは「教養の意味」ということについて考えたことのある人、そういう人に対しては有益な本だろう。
そんなに厚い本ではなく、平易な言葉づかいで書かれているのですぐ読めるが、奥は深い。上で挙げた「戦略の階層」以外にも「ファーストステージ」「順次戦略と累積戦略」といった概念にもふれられていて興味深い。詳しくは中身をみて確かめてほしい。


最後に、少し細かい指摘を。
「たとえば大久保利通などは(中略)大戦略がよく分かっていて、台湾を交渉によってスパッと契約して取ってきました。(216ページ)」とあるが、台湾が日本に割譲されたのは日清戦争後の講和条約によるもので、このときには大久保利通はすでに亡くなっている。(大久保利通が交渉して取ってきたのは、台湾出兵の賠償金)
本書の趣旨には影響は無いが、事実誤認なので改版時には修正したほうがよいと思われる。

となりのレイシスト(書評:安田浩一「ネットと愛国」)

本書は、「在日特権を許さない市民の会」(略して在特会)の実情と、彼らが「台頭」してきた背景を、おもにその構成員への取材によって明らかにしたノンフィクションである。

ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて (g2book)

ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて (g2book)


在特会については、すでに知っている人も多いだろう。在日韓国人、朝鮮人の排除を目的として各地でデモを繰り広げ、ときには刑事事件を引き起こすこともある、今ではいわゆる「ネット右翼」の代表格となった集団だ。
彼らのユニークさは、デモにおいて「朝鮮人を殺せ!」「ゴキブリ朝鮮人を叩き出せ!」などといった過激な言辞を弄するところだけでなく、インターネットという媒体を徹底的に活用しているところにもある。
たとえば、会員の多くをネット経由でリクルートしているだけでなく、各地のデモの様子の録画を、「ニコニコ動画」や「USTREAM」に投稿することで、自分たちの活動の広報、宣伝も行っている。「ネット右翼」の代表格とされる所以である。

私が「在特会」のことをはじめて知ったのは、「カルデロン一家追放デモ」のときだった。
(参照:http://d.hatena.ne.jp/fut573/20090413/1239596568

確かに、カルデロン・ノリコさんの両親は不法入国者には違いない。
そうには違いないのだが、既に処分が決着している事柄を蒸し返し、たった3人の、反論も反撃もできない(する術がない)人間(しかもうち一人は中学生の女の子)を、徒党を組んで取り囲み、論理も何もあったものではない主張をして、残されたわずかな日々を平穏に過ごすことすら妨げる―――こんな行為はどう理屈をつけても正当性などないし、こんなことをする在特会という連中は人間の屑だ、と思った。
今でもその気持ちに変わりは無い。


その「予備知識」を持ったうえで、本書を読むと、ある種独特の複雑な気分にさせられる。
上記のような非道を行う輩は、いったいどんな異常者、犬畜生なのだろうと普通は思うだろう。ところが、著者が在特会の構成員の一人一人と会って話すと、拍子抜けするくらい普通の人間ばかりだというのだ。
なかには、日本人とイラン人のハーフの青年(そのことから彼は「ダルビッシュ」とあだ名されていた)や、あろうことか父方の祖父が韓国籍だった(後に日本に帰化)青年までもいる。後者のほうは、徳島県教組の職員に暴行を加えたかどで懲役8か月の刑を言い渡されたが、その一方で、東日本大震災があったとき真っ先に安否確認の電話を著者にかけてきた、というエピソードの持ち主でもある(141ページ)。それも著者が、在特会に好意的でない論調で記事を書いていることを知っているにもかかわらず、である。
もちろん、在特会にも著者に対し攻撃的な振舞いを見せる会員は多い。
ただ、その一方で、在特会の北海道支部長のように「どうか批判も自由に書いてください。私たちの主張を聞いてくれるだけでも嬉しく思います。ただし、デタラメを書かれたら、私はしっかり抗議します。(81ページ)」といった、誠に公明正大、正々堂々たる態度の持ち主もいる。

デモでの彼らの振舞いをみれば、凶悪なレイシスト(人種、民族差別主義者)以外の何者でもないのだが、ひとりひとりをみればごく常識的な、ときには人並み以上に正義感に強く、情誼に厚い人間でもある。
そんな人間が「朝鮮人を殺せ!」などと騒ぎ立てる―――著者は本書を通じてしばしば「落ち着かない気分になる」という旨のことを書いているが、まさに著者ならずとも、落ち着かない気分になるだろう、一体何が彼らをそうさせるのか、と。


もちろん、著者は一連の在特会の主張には全く賛同していない。在特会の主張の柱である「在日特権在日韓国人、朝鮮人が他の外国人はもちろん、一般の日本人と比較しても不当に優遇されている、とする在特会の主張)」については、本書の第5章「『在日特権』の正体」で「まったくのデマ、神話の類」と断定している。
その一方で、ひとりひとりの構成員については、彼らの主張の内容は批判しつつも、そういう主張をしてしまう彼らの心情については、できる限り寄り添おうと努めていることが本書を一読すればよくわかる。
もしかすると、レイシスト、レイシズムを憎む人からすれば、著者のこのような態度は「なまぬるい」と映るかもしれないが、私はそれは著者の誠実さの故だと思った。


では何が、そうした「普通の人間」をレイシズムに駆り立てるのだろうか。


「我々は一種の階級闘争を闘っているんですよ。我々の主張は特権批判であり、そしてエリート批判なんです。」

(中略)

「だいたい、左翼なんて、みんな社会のエリートじゃないですか。かつての全共闘運動だって、エリートの運動にすぎませんよ。あの時代、大学生ってだけで特権階級ですよ。差別だの何だのと我々に突っかかってくる労働組合なんかも十分にエリート。あんなに恵まれてる人たちはいない。そして言うまでもなくマスコミもね。そんなエリートたちが在日を庇護してきた。だから彼らは在日特権には目もくれない。」
ここで「階級闘争」なる言葉が飛び出してくるとは予想もしなかったが、言わんとすることはわかる。つまり彼らは自らが社会のメインストリームにいないことを自覚しているのだ。自分たちを非エリートと位置づけることで、特権者たる者たちへの復讐を試みているようにも思える。
(56ページ)


彼らを過激な言動へと駆り立てているものの中核は、だいたいここに記されているように思う。客観的なレベルではともかく、主観的なレベルでは、まさに彼らは「階級闘争」を闘っているのだ。
在特会の代表である桜井誠(本名・高田誠)自身の半生が、まさに前述の「非エリート」のそれである。母子家庭に育ち、体も丈夫ではなく、高校時代の同級生に聞いても、その実在すらさだかでないほど影の薄い存在だった。高校卒業後地元でバイト生活をするも、やがて上京し、東京の下町の家賃3万5千円のアパートを借り、警備員の仕事に就いた…

そうした境遇の桜井が、ネット右翼のカリスマとまで呼ばれるようになったのは、彼と境遇、社会的な位置を同じくする多くの人々の鬱屈、怒りに対して表現の道筋を与えたからだということを著者は暗示する。


「社会への憤りを抱えた者。不平等に怒る者。劣等感に苦しむ者。仲間を欲している者。逃げ場所を求める者。帰る場所が見つからない者―――。
そうした人々を、在特会は誘蛾灯のように引き寄せる。いや、ある意味では「救って」きた側面もあるのではないかと私は思うのだ。
(355ページ)


さらに著者は、在特会のことを異常な、特殊な集団とはとらえていない。構成員ひとりひとりの「普通さ」加減を逐一紹介していることからもわかるように、程度の差こそあれ、我々も在特会のようになり得る可能性をも示している。

第8章「広がる標的」の中で、在特会主催ではないが、排外的な色彩を帯びているデモとして「反フジテレビデモ」についても書いている。フジテレビが韓流ドラマ、K-POPスターに偏重しているとして、それについての抗議を目的としたデモだ。これについては、在特会のデモよりもずっと自然発生的で素人くさく、ずっとやわらかい感じではあるものの、それでも漂う「気分」は在特会のそれと同じものがあるという。


なにかを「奪われた」と感じる人々の憤りは、まだ治まっていない。静かに、そしてじわじわと、ナショナルな「気分」が広がっていく。それは必ずしも保守や右翼と呼ばれるものではない。日常生活の中で感じる不安や不満が、行き場所を探してたどり着いた地平が、たまたま愛国という名の戦場であっただけだ。

(中略)

その怒りの先頭を走るのが在特会だとすれば、その下に張り巡らされた広大な地下茎こそが、その「気分」ではないのか。
(313ページ)


本書の射程は、単にネット右翼、排外運動ということだけにとどまらない。およそ現代日本の社会について関心を持つすべての人が一読すべき書であると、そう断言できる。

少年から大人になるということ (書評:前川麻子「劇情コモンセンス」)

劇情コモンセンス

劇情コモンセンス

 

少年少女のころに夢中になっていたものを、大きくなってから改めて見たときに「自分はこんなものに夢中になっていたのか」と意外な気持ちになる、ということは往々にしてあるだろう。
子どものころ夢中になって追いかけた、黒いダイヤとでも言うべきカブトムシは、大人になってみると何だか薄気味悪いただの虫に過ぎない。工夫を凝らした秘密のアジトは、ただの廃物利用の掘っ立て小屋に過ぎない。
ここまで極端な例でなくても、もはや、子どものころほどにはその対象に夢中にはなれない、と感じた瞬間が、一定以上の年齢の人なら多かれ少なかれ誰しもあると思う。
おそらく、「大人になる」ということはそういうことなのだ。

もちろん、大人になっても、子どものころ夢中になっていたものを追いかけ続ける人はいる。でもそうした人々も決して「子どものころの目線」そのままでそれを追いかけているわけではない。そういう人は、大人の社会特有の制約、事情を充分に了知しつつ、「それでも敢えて」その道を歩みつづけているのだろう。


この本は、いわゆる小劇場演劇の世界を題材とした小説である。
「木村座」という架空の小劇団(しかし、登場人物にはそれぞれ実在のモデルが存在する)が、公演の準備期間と稽古を経て、ひとつの公演を完成させるまでの時間の流れの中に、さまざまな人間群像を絡めた話…と、要約すればそういうストーリーだ。

学生の頃から30代前半に至るまでの期間を、実に半ちくもいいところではあったが、一応演劇の世界で過ごしてきた私の眼から見ても、この小説の人物描写や会話のディテールはあまりにリアルである。完璧、といってよい。
(作者の前川麻子自身が、かつて劇団を主宰し、女優としても活躍していたのだから当然ではあるのだが。)

何年も前に、最初この小説を読んだときは「ああ、これこれ、この感じ、懐かしいねえ」という気持ちでいっぱいだった。


「ホン上がってきて、役が足りなかったら、エチュードでなんか作らせればいいんだし、今回はやっぱり早めに情宣したいんだよ」

という符牒まみれの台詞ににやついたり、

「ええと、ただいま六時三十五分、開場二十五分前、開演五十五分前です。時間がなくて大変でしょうが、このままもう集合はかけませんので、皆さん、本番の準備に入ってください」

という舞台監督の言葉に、読んでいる自分の血が沸きたつのを感じたりした。要するに、演劇をしていたときと同じ目線で、この小説を読んでいたのである。


ところが、再読してみて、最初に読んだときとは随分自分の感じ方が違うことに、我ながら驚いている。
懐かしい、という感じるのは同じだ。けれども、もはや血の沸き立つような思いはない。
あまり正確な例えではないけれど、初恋の人の写真を何十年も経った後に見るような感じ、といえばよいだろうか。
懐かしいし、基本的にはいい思い出なのだけれど、「あの頃に戻りたい」とはもう思わないし、仮によりを戻せるとしても今更そんな気持ちはない、というところだろうか。
もちろん、この小説が変わったわけではない。変わったのは私のほうなのだ。

さきに、「さまざまな人間群像」などという紋切り型の言葉でまとめたが、演劇や劇団のことをよくは知らない普通の人がこれを読んだら、「ちょっとおかしいんじゃないか、これ」と思うようなエピソードがいっぱい出てくる。
劇団の座長には、同じ劇団の女優兼脚本家である妻がいるのだが、この妻はやはり同じ劇団の役者(しかも複数)と肉体関係を結んでいる。(しかも、この妻と不倫している役者たちは互いにそのことを知っていて、互いにデートする時間を譲り合ったりしている。)座長は座長でやはり同じ劇団の女優に手を出し、妊娠させてしまう。(自分が妊娠したことを知ったその女優が、座長の妻に対し「生んでもいいですかね」と訊く(!)、というおまけのエピソードまでついている。)
劇団の製作(公演における金の管理、資材の調達、宣伝、その他事務作業の一切を行う人のこと)は、同棲している恋人に制作費の口座の通帳を盗まれ、「きっと返してくれる」ことを信じて銀行に紛失届も出さないでいるうちに、案の定預金を全部引き出されてしまう。(そこに至ってもなお、盗難届すら出さない!)最年少の女優(女子高生)は、チケットノルマを果たすために援助交際に手を染める。
その他、いちいち書ききれないが、上ほど滅茶苦茶ではなくても「それは大人としてどうなのよ」と言いたくなるようなエピソードが随所に書かれている。

上記のエピソードを見て、読者の多くは「小説的誇張」と思うだろう。
むろん事例としてはかなり極端なものばかりだが(私も上のような話は見聞きしたことがあるだけで、自分がやったことはない)、この類の社会性、常識のなさは、この業界ならば「あってもおかしくはない」程度には受け入れられてしまう。少なくともそういう素地があることは認めざるを得ないのである。
(ただ、ひとつの劇団にここまで集中して問題があることは珍しいだろうけど。)

もちろん、作者はこういう「負の側面」ばかり書いているわけではない。(ネット上での書評で「ある種の暴露本」という評がなされていたが、決してそうではないと思う。)役者の若々しさ、純粋さ、稽古と公演にかける情熱、そうしたものもきちんと描いている。作者が今でもなお、演劇の世界に愛情と尊敬の念を抱いていることは疑い得ない。
しかしそれでも(あるいは、それ故に)、作者はこうした「光の部分」が、上記のエピソードに象徴されるような「影の部分」と分かちがたく結びついていることを言及せずにはおれない。例えば次のように。

 

演劇の人々が皆、実際の年齢より若々しく見えるのは、ひとえに貧しいからなのです。社会性のない幼稚さが若々しさに見えているだけです。


この小説が、よくある「夢を追う若者の甘酸っぱい青春物語」とは一線を画しているところは、上のような「夢を追う若者の社会性のなさ、幼稚さ」を酷薄なまで描ききっているところにある。
作者はこれについて、一切言い訳めいた説明はせず、ただ淡々とエピソードを連ねるだけである。


「少年の気持ちを持った人」という表現は、おおむね褒め言葉として使われる。「少年になっても、みずみずしい感受性を失わないでいる人」といったような感じだろう。
でも知っている人は知っている。「少年のみずみずしい感受性」は往々にして、少年特有の邪悪さ、わがまま、社会性の欠如と結びついていることを。
そして、大人になる、ということは、自分の関心事からなる世界を越えた、外の大きな社会とのつながりの中で自分の位置付けをやり直す、ということに他ならない。
それは多くの場合、つぎのようなことを明らかにする。自分とその仲間内の間だけで通用する「博識」と「独創」は、単なる「おたく」と「独善」でしかないことを。それはとても辛いことだ。でも、おそらくこの地点を乗り越えない限り、本当に「何かができる」人間にはなれない。
そのとき、思い出は「たんなる若い頃の麻疹」のようなものを越えて、今の自分を形作る素材としての意味を持つだろう。

物語の終盤で、坂上という舞台監督が、結婚を機に演劇を止めることを明らかにする。この小説の最後は、そんな坂上を見つめる「劇の神」の次のような言葉で締めくくられる。

 

違う道のりを歩き、違う場所へと向かう決意は変わりません。ですが、坂上は、彼らのことを、彼らと過ごした日々のことを、片付けるのでも、仕舞い込むのでもなく、「よいしょっ」という掛け声と共に、ずっと背負って行くのでしょう。そうやってこの先の新しい人生を、生きていくだろうことが、わかっていました。

 

(2006年9月30日のmixi日記より、一部変更を加えたうえで転載)

「逆説の10カ条」

The Paradoxical Commandments


1.People are illogical, unreasonable, and self-centered. Love them anyway.

2.If you do good, people will accuse you of selfish, ulterior motives. Do good anyway.

3.If you are successful, you will win false friends and true enemies. Succeed anyway.

4.The good you do today, will be forgotten tomorrow. Do good anyway.

5.Honesty and frankness make you vulnerable. Be honest and frank anyway.

6.The biggest men and women with the biggest ideas can be shot down by the smallest men and women with the smallest minds. Think big anyway.

7.People favor underdogs, but follow only top dogs. Fight for a few underdogs anyway.
 
8.What you spend years building may be destroyed overnight. Build anyway.

9.People really need help, but may attack you if you do help them. Help people anyway.

10.Give the world the best you have and you’ll get kicked in the teeth. Give the world the best you have anyway.

 

「逆説の10カ条」

1.人は論理的でも合理的でもなく、利己的なものです。だとしても、人を愛しなさい。

2.良いことをすれば、人はあなたに隠された利己的な動機があると思い、あなたを責めるでしょう。だとしても、良いことをしなさい。

3.成功すれば、偽りの友と真の敵を得るでしょう。だとしても、成功しなさい。

4.今日良いことをしても、明日には忘れ去られるでしょう。だとしても、良いことをしなさい。

5.誠実かつ率直であろうとすれば、そのために迫害されるでしょう。だとしても、誠実かつ率直でありなさい。

6.最大の思想をもった最大の男女でも、最小の料簡の最小の男女に打ち落とされるかもしれません。だとしても、大きく考えなさい。

7.人は弱者に同情することはあっても、強者にしかついていかないものです。だとしても、弱者のために戦いなさい。

8.築きあげるのに何年もかかるものでも、一晩のうちに崩れ去ることもあります。だとしても、築きあげなさい。

9.本当に助けを必要としている人がいるのに、あなたが助けようとすれば非難する人もまたいるかもしれません。だとしても、人を助けなさい。

10.世に対して最善を尽くしても、その見返りに得るのはひどい仕打ちでしょう。だとしても、世に対して最善を尽くしなさい。

 


2012年9月1日 晴れて無職となった日を記念して

 

参考:

極東ブログ:[書評]それでもなお、人を愛しなさい 人生の意味を見つけるための逆説の10カ条(ケント・M・キース)

それでもなお、人を愛しなさい―人生の意味を見つけるための逆説の10カ条

それでもなお、人を愛しなさい―人生の意味を見つけるための逆説の10カ条

24時間テレビについて思うこと

私は「24時間テレビ」が大嫌いである。
よくもまあ、ここまで私の嫌いな要素を盛り込んだもんだ、と思うくらいなので、私は見ないのだが、しかし「24時間テレビ」を止めるべきだとは思わない。むしろ、今後もぜひ続けて欲しい、とすら思っている。私は見ないけど。

なんだか矛盾したことを言っているようだが、実はそうではない。以下説明する。

「24時間テレビ」を「偽善者の祭り」と評する人もいるが、私はあれは「偽善」ではないと思っている。
「偽善」というのは、「当事者はよいことをしようとして一生懸命なのだが、結果は害しかもたらさない」ということを指す。
「24時間テレビ」で集まった募金は、現実に何かの役にたっていることは確実だから、だからあれは「偽善」ではない。
「悪趣味」と評するのが正しいように思われる。

世の中にはあの手の「悪趣味」が好きな「善男善女」は大勢いる。
その手の「善男善女」は往々にしてセンスが欠如しているし、頭もそんなにいいとは思われない。
そんな人々に金を持たせてもろくなことに使わないだろうし、どのみち募金する金など、引出しの隅とかに隠れていた小銭にすぎない。
そういう「役にたたない金」を巻き上げる、もとい、市場に還流させ、公益に役立たせるという貴重な役割をあの番組は果たしているのである。
だから止めるべきではない。

これは想像だけど、あの番組のプロデューサーとか製作スタッフの中核は、きっと内心かなり割り切って作っているのではないだろうか。「泣かせどころをこの辺においとけば、募金と視聴率がこのくらい稼げる」という具合に。
内心では、いそいそと募金するような人を「センスのない、見え見えのメロドラマに踊らされる大衆」と見下していても、実際面ではその大衆にいかに気に入られる物語をつくるか、ということに腐心している、のではないかと。

そんな奴こそ偽善者だ、と思う人もいるだろうが、私はそうではないと思う。
だって、動機がどうあれ、実際に集まった募金は確実に人の役にたつのだから。(勿論、そうやって集まったお金で私腹を肥やさない、ということが前提にはなるが。)

動機がいかに高邁で純粋でも、ろくに人も金も集められない無能人のほうが、よほど「偽善者」ではないだろうか。

 

最近、どうも自分が「いい人」に成り下がっているようで、これでは良くないと思うので、少し毒を吐いてみた。


(2006年8月27日のmixi日記より転載)

名前を騙られるということ(3)

それからまた1か月ほど、何も起きない平穏な日々が続いた。

そんなある日、突然、私が運営していた掲示板に、激しい怒りを帯びた投稿があった。
いわく、私のサイトの掲示板にお前から酷い投稿があった、お前(私のこと)は本当に人間なのか、人間の心を持っているのか、お前は最低だ、という。

当惑した。そんなことを言われるような覚えが全くなかったからだ。「私のサイトの掲示板に投稿」といわれても、その人のサイトを見たことすらないというのに。

しかたなく、その投稿の主相手に次のようにメールを送った。―――信じてもらえないかもしれないが、わたしはあなたのサイトを訪れたことがないし、そのようなことは初耳である。
実は、一か月ほど前、私の掲示板でこういうこと(成りすまし)があった。おそらく、その投稿主が私の名前を使っているのなら、その時成りすました者と同一人物である可能性が高い。この話をもし信じてもらえるなら、あなたのサイトを確認したいので、URLを教えてもらえないだろうか―――

そうすると、そのサイトのURLを記したメールが返信されてきた。さっそく、そのURLからたどっていくと、掲示板にまさに私の名前で、次のような書き込みがあった。
そして、投稿には、私のメールアドレスと管理していた掲示板のURLまで記載されているのだった。


 うつ病になるヤツなんて最低さ
 この世に存在する資格無し
 存在自体がうざいんだよ
 おまえら皆さっさと自殺してくれ
 世の中から落ちこぼれがなくなってさぞすっきりするだろうな


そのサイトは、うつ病の人たちが集うところだったから、それは先方が怒るのも無理はなかった。
他にもいくつか似たような投稿がなされていた。その人の話によると、削除しても削除してもすぐ同じ投稿がされるので、大変に困っている、とのことだった。

そして、ほどなくして他のサイトの所有者からも、同じような苦情がきた。
それらのすべてについて、まず「ご迷惑をおかけして申し訳ない」と謝った。よく考えれば、なぜ謝らなければいけないかわからないのだが、とにかく先方の怒りを静めなければならない。
そのうえで、今までの事情を伝え「これは確証を出せるものではなく、信じてもらうしかないが、私はそのような投稿はしていない」ことを強調し、「大変申し訳ないのだが、今後同様の投稿があったら、掲示板荒らしとしてしかるべき処理をしていただきたい。そのことで協力できることがあればこちらとしても協力は惜しまない」ともいった。


私はほとほと困ってしまった。
自分の管理するサイトでなされたのなら、まだ自分でできることもある。しかしこの件は、自分でコントロールできることがほとんどないのだ。
ひたすら謝って(繰り返しになるが、これって本当に俺のせいなんだろうか、と思いつつ)、「ご理解とご協力」をお願いするしかなかった。

その当の人物に「こういうことを他のサイトから言われてきてるんだが、お前の仕業じゃないだろうな、お前の仕業だとすればいい加減にしろよこの野郎」という趣旨の(表現はもう少し穏やかに)メールを送った。
予想通りではあるが「俺の仕業だっていう証拠があるんだボケ、言いがかりもたいがいにしろ」という趣旨の返事が返ってきた。」まあそうだ、認めるわけがない。
それに、証拠は無い。とりようもない。ただ「お前のその性格こそが証拠だ」と思ったが、それはもちろん言わなかった。


唯一救いだったのは、その荒らしにあった各サイトの持ち主の方々がみな、私の説明を信じてくれ協力してくれた、ということだった。こんなどこの馬の骨とも知れない人間が「信じてください」と言ったところで普通信じないだろうと思うのだが、とにかく、それはとてもありがたいことだった。
いや、それを言うなら、私の管理していた掲示板に連日私の名を騙って誹謗中傷や卑猥な文言が書き込まれていたときでも、掲示板の常連の方々はみな私に同情し、表だって私のことを非難する人はいなかった。本当はそうされても仕方ないのに。

つまり、ほとんどの人は私の味方だった。それはとても、とてもありがたいことだった。


上のような状態が、断続的にまた1か月は続いた。
さすがに後のほうになると、その被害を受けたサイト主の中には、攻撃がなかなかおさまらないので、「この人は自分が書き込んだんじゃないと言ってるけど、本当は…」と疑い出す人も出てきたようだ。
しかし、それも結局、1か月ほどで止んだ。


理由は分からない。
疲れたのかもしれない。飽きたのかもしれない。
向こうの目的がなんだったのかを推測してみると、こういうこともいえるかもしれない。すなわち、向こうの目的はおそらく次の二つだった。一つは、私を肉体的、精神的に窮地に追い詰め、破綻させること。もう一つは、私の信用を失墜させること。
前者は奏功しかけた。だが、後者については、ほとんど傷ついたところはなかった。
「やつ」は、究極的には失敗したのだ。


これがこの件の最後のエントリーなので、何か締めというか、教訓めいたものを書いて結びにすべきかと思ったが、やめる。とりあえず、「昔こんなことがありました」という話、ただそれだけの話として読んでもらえれば、それで十分だ。