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百年、再生の我無し

40歳からの人生やり直し。

ブルーハーツと外山恒一と


全てが陳腐化していく中で、今だに魂を揺さぶる名曲:ブルーハーツ


私をも含めた、ある一定年齢以上の人間にとっては、ブルーハーツ(正確にはザ・ブルーハーツ)という名前は、ある種の特別な響きを持っている。(今の若い人にとっては「ハイロウズクロマニヨンズの前身」ということで知られているのだろうが。)
上のブログのエントリを読んで、改めてそのことを思った。

上のブログ、またこれにトラックバックしている他のブログの方々みな、それぞれ熱い思いを込めて、自分にとってのブルーハーツの良さを語っている。
皆、普段はあたかも斜め45度上から見下すような「作風」なのに、ブルーハーツのことになるとうぶな男子中学生のごとく、正面からまっすぐ語っている。そのこともなんだかおかしく思える。


ここで、私もこの流れに便乗して、自分の好きなブルーハーツの曲の一節やら、自分のブルーハーツの曲にまつわる思い出やらを語っても良いのかもしれないが、そんなことはしない。
どうせ、誰もそんなこと期待していないだろうから。

そのかわり、別の事を書く。


ブルーハーツという名前を聞くと、どうしても私は、ある一人の男のことを思い出さずにはいられない。
その男の名は、外山恒一。2007年の東京都知事選に立候補して、一躍「ブレイク」したから、この名前に聞き覚えのある人もいるはずだ。

本当ならここで、外山恒一を知らない人のために、彼の人となりを説明しなければならないのだが、面倒くさいので、しない。
そのかわり「外山恒一」というキーワードでぐぐって頂き、ヒットしたサイトの3つ4つくらいを眺めていただきたい。そのほうが私などが説明するよりよほどわかりやすいし、またそうしていただければ、私がなぜ「面倒くさい」といって説明や論評の手間を惜しむのか、その理由が了解できるだろう。

彼とブルーハーツの関わりは深い。(といっても面識があるとかいうわけではなく、あくまでも「思想的」な影響という意味での話だけど。)
高校生の頃から熱烈なブルーハーツの支持者として、自分のバンドではもっぱらブルーハーツの曲を弾き、しまいには「ブルーハーツ・コンサート粉砕闘争」という事件まで起こす。これによりコアなブルーハーツのファンの間で外山は「ファンの鑑」とまで絶賛された、という。

これは福岡の反管理教育運動家をはじめとする既成左翼勢力(主としていわゆる無党派市民運動の担い手たち)が、若い世代に人気のあるブルーハーツを招請してコンサートを開き、これを政治利用しようと画策したことに腹を立てた外山が、コンサート当日、大量の抗議ビラを会場2階・3階席から散布、主催者や会場スタッフとの物理的衝突に発展したという事件である。この闘争をクライマックスとする、福岡のストリートミュージシャン・シーンの草創期であると同時に最盛期でもあった当時の外山の日記は、1993年4月に、「さよなら、ブルーハーツ」として宝島社から上梓された。

以上、2007年当時のWikipediaからの引用。)

上記の「さよなら、ブルーハーツ」だけでなく、「見えない銃」という題名の著作もある。(名曲「TRAIN TRAIN」の一節からとったものだ。)
とにかく彼は言動、思想の面において強く、ブルーハーツから影響を受けているということがわかるだろう。


ここで私は複雑な気分になる。
繰り返しになるが、80年代後半から90年代前半にかけて多感な時代を過ごした、ことに「今の時代の主流とは合わない」と感じていた野郎共(女の子もいただろうが、単に便宜上そう書いておく)にとって、ブルーハーツという名前は特別だった。外山恒一もそうした野郎共の一人だった。

 役立たずと罵られて 最低と人に言われて
 要領良く演技出来ず 愛想笑いも作れない

 全てのボクのようなロクデナシのために
 この星はグルグルと回る
 劣等生でじゅうぶんだ はみだし者でかまわない
 
 (「ロクデナシ」より


「ロクデナシ」というのはこの場合もちろん反語だ。
学校は、世間は社会は俺のことを「ロクデナシ」と言うかもしれないが、俺はロクデナシなんかじゃない。俺のことをロクデナシ呼ばわりするような学校や世間や社会なら、こっちから願い下げだ---と。
私をも含めた社会不適応気味の野郎共にとって、それはどれだけ力強い味方だっただろうか。
でも、同じく私をも含めたほとんどの人間は、ブルーハーツの歌に込められた純粋さ、極端さにあこがれつつも、そこまで純粋、極端にはなれない。適当なところで社会と「手を打つ」しかなかった。

そんなとき、社会と手を打つことをあくまで拒み、「誰かのルールはいらない 誰かのモラルはいらない 学校もジュクもいらない」「大人たちにほめられるような バカにはなりたくない」「やりたくねえ事 やってる暇はねえ」というブルーハーツの歌の精神を具現化したような男が一人いた。
それが、外山だった。
(彼の来歴を読めば、「具現化」という言葉がまさにぴったりくることがおわかりいただけるだろう。)


けれども、そう、けれどもだ。
歌としてなら、あれほど輝いていたブルーハーツの世界が、一人の生身の男になってみると、どれほど滑稽で、どれほど醜悪なことだろうか。「ロクデナシ」ではなく、本当にただのろくでなしでしかない。

よく考えれば当たり前の話なのだ。尾崎豊の「15の夜」は名曲かもしれないが、感化されて本当に盗んだバイクで走り出したらただの窃盗である。それと同じことだ。


私が上のブログの皆さんのように、無邪気にブルーハーツの良さを語れないのは、それが理由である。

 

しかし。
「誰かのルールはいらない」と言い放って学校はおろか法律すら無視した、「思想界の北島マヤ」と自称するありようは無職の中年男、というのもしんどいが、そうかといって話題といえば子どものことと家のローンと持病と上司の悪口、という緩んだ(でもよくいる)中年になるのもやはり嫌だ。
もっとこう、ほどよい着地点というか、「第三の道」はないのだろうか。
きっとあるはずだ、あると信じたい。

 

 僕等は泣くために 生まれてきたわけじゃないよ
 僕等は負けるために 生まれてきたわけじゃないよ

 (未来は僕等の手の中」より


おそらく、人生を生きるには、これだけでは足りない。
でも、同時にこうも言える。
この、上の2行があったからこそ何とか生きてこられた、そういう人間は確実に存在したし今でも存在する、ということを。

 


(2007年11月16日のmixi日記より、一部変更を加えたうえで転載)