読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

百年、再生の我無し

40歳からの人生やり直し。

今、そこにある地獄 (書評:信田さよ子「母が重くてたまらない」)

書評 人生

一年くらい前に読んだ本なのだが、思うところあって再読してみた。
再読してみて、改めて、「戦慄を覚える」という表現はこういうときに使うのだな、ということを再認識した。そういう本である。

母が重くてたまらない―墓守娘の嘆き

母が重くてたまらない―墓守娘の嘆き

 

冒頭で、ヒカルさんというビジネスエリートの女性の話が出てくる。
ヒカルさんの母は、ヒカルさんがまだ中学に入る前から、ヒカルさんが受験競争を勝ち抜けるように献身的なサポートをしてきた。合格祈願のためにお茶断ちをし、毎日特訓口座のために車で送り迎えをし、夜食を作るのだった。
サポートの甲斐あってか、ヒカルさんは中高一貫の名門校に入学し、そこでもトップクラスの成績を維持しつづけた。母の献身的なサポートは変わらなかった。毎日栄養価の高い弁当を作って持たせ、交友関係にも口を出さず、勉強に関する出費は一切惜しむことはなかった。同世代のほかの母親達がエステ通いなどに関心を寄せる中でも、禁欲的な生活に徹していた。かくしてヒカルさんは「何だかところてんが押し出されるみたいに、T大の法学部に入ってしまった」。

大学の4年間が過ぎ、あるとき母が思いつめた顔で訊いた「就職どこにするつもり」と。
大学の先輩が起業したあるベンチャーに勤めながら自分の力を試し、4、5年くらいしたらアメリカの大学院に留学したい、と大略このようなことを言ったとき、母は唇を震わせ、涙を流しながらこうまくしたてるのだった「許さないわよ、どうしてそんなこと…。先の見えない人生なんて送らせるわけにいかないでしょ、いったい何のためにママが生きてきたと思ってるの。だめよ、絶対だめ。」
こうまで言われたら、ヒカルさんとしては計画を放棄するしかなかった。就職活動においても母のシナリオに沿い、一緒に会社訪問の計画を立てた。(会社訪問には、まるで尾行でもするかのように母が離れてついてくるのだった。)
ヒカルさんが今勤めている会社は、その中でも母の一番のお気に入りだった。誰もが知っている超一流企業、聳え立つ白亜の社屋。高層ビルにある社員食堂からは、天気のいいときには富士山が見えるという。

 

入社して三年目を迎えるが、休みの日には、母がかいがいしく下着を洗濯してくれる。部屋は毎日掃除機がかけられ、夜には昼間干した布団のぬくもりの中で眠る。駅から「今着いたわ」と携帯で電話すると、どんなに遅くても暖かい夕食が用意されている。「ビールどう?」と勧められるままにコップを干すと、母はうれしそうに「ママも一杯もらっちゃおう!」と華やいだ声を上げる。「まるでオヤジのような毎日でしょ」と、ヒカルさんは低い声でつぶやいた。(30P)


書き写していて「うわたまらん」「これは地獄だ」と私などは思う。「地獄」などと書くと違和感を感じる人もいるだろう。「どこが地獄なんだ、いいお母さんじゃない」と。
もしこれをお読みのあなたがそう思うなら、あなたこそこの本の読者に相応しい人だ。
いっけん天国のように見える地獄(ソルジェニーツィンふうにいうなら「地獄の第一圏」、松尾スズキふうにいうなら「ぬるい地獄」)は、確実に存在するのである。上記で引用した文章は、こう続くからだ。


「『ときどき、夜中に目が覚めるんです。そんなとき、ふっと母を殺したくなっちゃう自分がいて、それがこわくて……』。このことを他人に話したのは初めてだと言いながら、ヒカルさんは激しく泣いた。」


この本では主に、いわゆる団塊世代に属する母親を「重い母」としてターゲットにしている。(著者もちょうど団塊世代なので、実はこの本は「団塊世代による団塊世代批判」として読むこともできる。)
そのわけは、この世代が結婚した70年代半ばが、ちょうど見合い結婚から恋愛結婚が多数になった頃、「対等な夫婦が愛によって結ばれた近代家族」というキャッチフレーズで象徴される「ロマンティックラブイデオロギー(RLI)」が流布され始めた頃に相当するからだ。

しかし、その後核家族の中で繰り広げられたものは、孤立した育児と、対等どころか旧態然とした性別役割分業を基盤とした日常生活だった。RLIの夢と信仰は、このような時の流れとともに無残に敗れ、彼女たちの深い部分で何かが崩れ、挫折感がもたらされた。(66P)


そして、傷付いた幻想の最後の拠りどころとして、彼女たちの子ども、特に娘が見出された。このようにして「重い母」は形作られた。

この辺の消息を非常によく物語る例が挙げられている。著者の知人がある同人誌に書いた文章である。

 

(前略)就職の道は閉ざされ、結婚生活の幻想も早期に崩れ、「金曜日の妻たちへ」のような生活もできない。(中略)一つだけ確かな道があった。出産して母親になることだけは、選択の余地がなかったのだ。(中略)でも、母となったとたんに想像外の自由の剥奪が起きた。それだけではない、同時に過剰な責任を背負うことになり、そして、そこに協力者の夫はいなかった。(中略)
妊娠中から女の子が欲しいと思っていた。なぜなら、もう男性には希望は持てないと思ったからだ。学生時代、学生運動や政治闘争の先頭に立っていた男子学生たちのその後を聞くたびに、そう思った。(中略)
二人の娘は、三四歳とニ八歳になる。(中略)次女は大学の博士課程に学び、長女は広告代理店に勤務している。私は、次女が大学に合格した春から、学生時代に読み返したヘーゲルの「歴史哲学」をもう一度通読するために、カルチャーセンターに毎週通っている。地域の精神障害者自立支援施設のボランティアにも通っている。(中略)
正直に述べよう。あの二人の娘達が居てくれたことで、私はここまで生きてこれたと思っている。特に長女は、読む本も聞く音楽も私と共通している。そして、私の挫折を、誰よりも深く感じてくれているはずだ。長女にだけは「こんな人生を送りたいと思わなかった」と語ることができた。(中略)
私は、彼女たちの重荷にならないように、細心の注意を払ってきた。ヘーゲルの本を読むことも、娘に依存してないことを示すためだ。自立した母、対等にいつまでも娘たちと話しができる母でいること。残念ながら、その輪に夫という存在は加わっていない。理解しあうための虚しい努力は、もう遠い昔に断念した。そんな私の断念に夫が気づいていないとしたら、それこそ悲劇なのだが、それについて考えることも断念している。
還暦を来年に控えた私のささやかな希望は、能力と感性に溢れた美しい二人の娘たちが、いつまでも母である私と肩を並べて、軽やかに暮らしていってくれることだ。結婚をしたいと言い出すかもしれないが、言い出さなくてもかまわない。結婚だけが幸せではないことは、私の行き方が証明しているのだから。やりたい仕事をして、時には私といっしょに旅行にでかける。週末は音楽会や演劇を楽しみ、そのあとでいつものイタリアンレストランで、感想を語りながらおいしいディナーを味わう。そんな生活を送っていくことの、どこが問題なのだろう。これが、老後に向けて私の望むことである。(67P~71P)


…書き写しているとめまいがしてくる。
随分長い引用になってしまったが、これですらかなり端折ったのだ(原文はこれの倍くらいある)。なんとも「困ったなあ」としか言いようがない(仮に娘たちがこれを読んだとして、そのときの困惑の表情が目に浮かぶようだ)。が、この文章の筆者にはおそらく通じないだろう。
上の文の筆者は、わざわざこれを同人誌に載せ、しかもこの本の著者の転載依頼にもOKを出しているのだから、上の文章を「恥かしい」とか「照れくさい」などとは全く思っていないのだろう。「困った」などと口走った日には「何が困るのですか、どこが問題なのですか」とかいわれそうである。
「重荷にならない」「依存しない」「対等」などと、自分が娘を束縛しているわけではないことを随分と強調しているが、私の中での経験則では、「あることを過剰に強調する」のは「実はその逆が真実で、自分でもそのことにうすうす気づいている」場合に行われることが多い。おそらく、そういうことだろうと思う。

しつこいようだけど、もし上の文章を読んで「何が困るの」と本気で思われるようなら、どうかこの本を読んで欲しい。この本はあなたのような人のためにある。


この本の後半は、母と、そして父に対する「処方箋」になっている。母はともかく父に対する処方箋があるのは、上で書いたように、もともとの原因は壊れた夫婦関係にあり、その責任の過半は夫の側にあると著者が考えているからで、その認識自体はおそらく正しいのだろう。
ただ、難しいだろう、とも思う。何故かというと、夫の側に全然問題意識がないことが多いからだ。
(著者はカウンセラーなのだが、そもそもカウンセリングにやってくる父親自体が稀である、という。)
あと、妻の側に、腰の重い父親に問題意識を促すだけのモチベーションがもちにくい、ということもあると思う。なにせ、もう何十年も前に夫には幻滅して、見切りをつけていることが多いのだ。ひとは、一度何かに幻滅してしまえば、気を持ち直して「それでもなんとか諦めないでがんばろう」という気持ちになるのはとても難しい。ましてや、何十年という時間をかけて作られた「幻滅」なのである。
だから、この問題に対する根本的な解決策は、おそらく「ない」のだ。そういう中で、母と娘がなんとか折り合っていくにはどうすればいいのか。
著者はしばしば「母と娘は他人である」ということを強調している。他人だから、そもそも分かり合えるとは限らない。他人なのだから、そもそも、自分の思い通りには動いてくれない。ましてや、自分の人生の「落としどころ」に利用することなど許されるはずもない。それが「肉親」ことに「母と娘」だと思えばある種の「遠慮」がなくなる。そこに悲劇が生まれる。
だから、常に間に「他人である」というクッションを挟むこと。たぶんこれは母と娘の関係だけでなく、他のさまざまな人間関係に通じる真理だろう。ただ、これはおよそありとあらゆる「真理」とか「極意」の類と同様、言葉にすれば何でもないことだが、実践するのは困難を極めるのだけど。

 

他人行儀とはなんといいことばなのだろう。そもそも他人なのだから、これが正しい。こうして母はあなたたちを他者として認知する。同じ性の母と娘は、年齢も育つ時代も、そして名前も違っている。娘は母のために生きているのではなく、母は娘のために生きてきたわけでもない。(186P)


(2009年08月23日のmixi日記より転載)